2006年08月06日

食べることと自由

世界情勢が、世界的な異常気象がどうであれ、この夏休み、海外に国内に旅行に行くご家族も多いのだろう。

日本は便利で豊かで自由な国。そう思って平和に暮らしているつもりの人がほとんど。私も含め。

でも本当にそうなんだろうか。最近、疑問に思うことばかり。

たとえば「食べる」こと。

食事をすることはいまの時代、「命をつなぐ」ことというよりむしろ「経済活動への参加」なのだ。

日本の食料自給率がこれだけ低いのに巷には食べ物があふれ、マスコミがグルメ情報を流す現状はどこかおかしいと感じながら、それでも世界中から輸入されている食べ物を買うしかない。

「食」を通じて日本で暮らす私たちは、世界経済にがんじがらめ。どこに自由があるのだろう。。。。。。

こんな時代に、食べ物を自給自足できる人達(どのくらいいるのかわからないけれど)の自由度は、かなり高い。

風の噂では、自給自足がもたらしてくれる自由からもっと進んで、「不食」までたどりついている人たちもいるらしい。日本では「人は食べなくても生きられる」の著者の山田鷹夫さんがいま全面的に矢面に立っている状態みたい。こうなると何が起きても怖いことはなさそうだ。

「不食」までいかなくても「微食」ぐらいの人はかなりいるらしいので、こういう人たちも自由度は高いかも。

世界中の美味しいものを「自由に」食べられ、グルメを愉しみ、豊かになったと満足している日本の戦後は、実は手足をしばられて身動きがとれなくなるシステムを巧妙に構築してきた、またとない不思議な時代だったのかもしれない。

この「自由」と「幻想」のぎりぎり紙一重のところがまた巧妙で、まるで芸術作品のようだ。

こんなこと書いていても、毎日の食事は感謝して美味しくいただいています。

でも「なにかがヘンだぞ。この世界」と思うことは止められない。憲法で保証されていると思っている「自由」って本当に自由なんでしょうか。

posted by tomoko at 01:25| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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