2006年08月08日

電気が変わる?

一日中パソコンに向かっている夫にプレゼントしたいもの。

さすだけで家庭の電化製品がグレードアップ!の魔法のコンセントアルファ・ジーニアス

「アルファ・ジーニアス」というコンセント。

電気製品の状態を良くしてくれるものらしい。


私もパソコンに向かう時間は長いが、体中だるくなったり、皮膚がチクチクしたり、内臓がもたれる感じや呼吸が浅くなるなど、体調不良になることが多い。

パソコンの無い部屋に移動すると、すっと体が楽になるからたぶん電磁波が悪さしているのだろう。

テレビの置いてある部屋も結構、びりびり来る。

夫はパソコンを使うことで、かすみ目で困っている。


で、この「アルファ・ジーニアス」というコンセントを間に挟むことで、なんだかわからないけれど電気製品が発するものがとても良くなるらしいのだ。

解説を読んだけれど、仕組みはさっぱりわからなかったけれど(笑)

とにかくこの電気製品の近くにいることでの、「だるい」「呼吸が浅くなって苦しい」「皮膚がびりびりする」という感覚が無くなれば、どんなに嬉しいか!


アルファ・ジーニアスとは何か?開発者に聞く

↑読んでもちっともわかりませんでしたが(笑)、なんだか良いモノかもしれない・・・。どうなんでしょう?
posted by tomoko at 18:39| Comment(0) | 暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月07日

日本沈没〜見るべき?

小松左京氏のあまりに有名な小説「日本沈没」。

とはいえ実は、小説も以前の映画も見たことが無く、あらすじさえも知らなかった。

そんな私だけれどネットでストーリーを読んだら、今年リメイクされた映画は見に行った方が良いような気がしてきた。まだ上映しているよね?

パニック映画を見たいのではない。映画を見ながら、シミュレーションしてみたいのだ。

実際に何かが起こったとき、自分はどう行動するべきか。

どんな備えをしておくべきか。

ありえない状況の中で、動物にならずに人間らしく生きることが出来るのか。


恐怖心をいたずらにあおりたてるつもりは無いのだが、過去数年のあいだに世界で、日本で起こった大きな災害が、もし同時に数カ所で起こるようなことがあった場合、どこも自分のところだけで精一杯で、他の土地の救助・援助まで手が回るとは思えない。

パソコンも携帯もコンビニも、いつも当たり前に存在していると思っているものが全く機能しなくなった時の事など、普段は考えたくも無いし、想像したくもない。

でも良い機会だと思って、映画を見ながら自分達の身の振り方を考えておくことも必要かも知れない。

別に、何も起こらなければ、それはそれで良いことなのだから。。。。。。何も起こらなかったからといって誰かを責めることも無いし、老後の笑い話となればそれで良い。

この6月頃から、筋肉の妙な緊張感が続いている。

ショッピングセンターを歩いていてふと、こんなに安価に物が売られる時代はもう長くは続かないのでは・・・という気がしていた。

すると、100円ショップが高額の商品をラインナップに入れたとか、原油の価格が上がったとか、そんなニュースが飛び込んでくるようになった。

まだまだ市場は供給過剰状態に近い。今のうちなら「備えるべき物」もいろいろ選べそうだ。

posted by tomoko at 22:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

風力発電

よく北欧の映像などでみかける発電用の白い風車。

あの風力発電所を、国や自治体でなく民間人が出資して建てる仕組みがあることを知りました。

(株)自然エネルギー市民ファンド

こういうところが出来ているのですね。出資してみたいです。
posted by tomoko at 11:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月06日

私見・近未来?

「自由」ということを考えたとき、パソコンとインターネットは、私たちを「訓練」してくれているとよく思う。

納税は今の社会では国民の義務だけれど、それが何か良いことに使われる社会が出来ているのかと言えばむしろ、たくさん納税してもらうための仕組み作りが行われてきた気がしてならない。

納税するために働かされている・・・・・・。何かが逆になっている気がする。

テレビドラマや映画、スポーツなどの娯楽はきっと、目を逸らさせるための作戦なんだろうなぁ。。。。。。誰が考えたんだろう(笑)

でも元はといえばこれは「私有」という概念から来ている事だと思う。

資本主義社会を発展させてきた「私有財産」というものが、実はあんまり人を幸せにしてくれないのじゃないかと頭のどこかで感じていた。でもあまりにこの社会の基本なものだから、人がそれについての考え方を変えない限り変化は起こらないと思っていた。

それがインターネットの世界では違う。

発信している情報は自分のものであって、自分のものではない。

普段から自分で全て持っていなくても、必要なときに必要なものを出してくればそれで十分だ。

多くの場合、お金のやりとりは行われない。

想念の世界ではもう多くの人たちに馴染んでいるこのインターネットの世界が、現実になったらものすごい。

私有しなくても、必要なときに必要なモノを使えばいいのだ。

多すぎれば分ければいいし、足りなければもらえばいい。

自分の出来ることをして、補い合えばいい。

納税の額や政府に不満を持つよりずっと、クリエイティブで楽しい人生だ。

こんな世界になったらあまりにも面白い。

地球上のいろいろなところに勉強に行ったり、楽器の演奏をするためだけにどこかに集まったり、土地にしばられない自由な暮らしが出来そう。

行った土地で野菜作りに労働力を提供したりすれば、そこにしばらく滞在できるといったシステムが出来れば、こども達をあちこち行かせて視野を広げてもらいたい。

なんだか夢のような話?(笑)

いえ、案外、もうすぐの近未来のことかもしれない。

エネルギー問題が解決すれば、世界のバランスは大きくかわるし、地球も助かる。

どなたかどうぞ、安全でクリーンなエネルギーを見つけてください。
心からお願いしますm(_ _)m
posted by tomoko at 16:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

食べることと自由

世界情勢が、世界的な異常気象がどうであれ、この夏休み、海外に国内に旅行に行くご家族も多いのだろう。

日本は便利で豊かで自由な国。そう思って平和に暮らしているつもりの人がほとんど。私も含め。

でも本当にそうなんだろうか。最近、疑問に思うことばかり。

たとえば「食べる」こと。

食事をすることはいまの時代、「命をつなぐ」ことというよりむしろ「経済活動への参加」なのだ。

日本の食料自給率がこれだけ低いのに巷には食べ物があふれ、マスコミがグルメ情報を流す現状はどこかおかしいと感じながら、それでも世界中から輸入されている食べ物を買うしかない。

「食」を通じて日本で暮らす私たちは、世界経済にがんじがらめ。どこに自由があるのだろう。。。。。。

こんな時代に、食べ物を自給自足できる人達(どのくらいいるのかわからないけれど)の自由度は、かなり高い。

風の噂では、自給自足がもたらしてくれる自由からもっと進んで、「不食」までたどりついている人たちもいるらしい。日本では「人は食べなくても生きられる」の著者の山田鷹夫さんがいま全面的に矢面に立っている状態みたい。こうなると何が起きても怖いことはなさそうだ。

「不食」までいかなくても「微食」ぐらいの人はかなりいるらしいので、こういう人たちも自由度は高いかも。

世界中の美味しいものを「自由に」食べられ、グルメを愉しみ、豊かになったと満足している日本の戦後は、実は手足をしばられて身動きがとれなくなるシステムを巧妙に構築してきた、またとない不思議な時代だったのかもしれない。

この「自由」と「幻想」のぎりぎり紙一重のところがまた巧妙で、まるで芸術作品のようだ。

こんなこと書いていても、毎日の食事は感謝して美味しくいただいています。

でも「なにかがヘンだぞ。この世界」と思うことは止められない。憲法で保証されていると思っている「自由」って本当に自由なんでしょうか。

posted by tomoko at 01:25| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。