2006年04月10日

子ども心に般若心経

中学生から高校生の頃、なぜか「般若心経」を唱えていた。

いま思うとどうしてだかよくわからない。

実家は無宗教。父母が特に何かを信仰していたということはなかった。一緒に暮らしていた祖父母も若い頃に東京に出てきて働いて家を建てた人だったので、家には仏壇も無かった。

家族の誰もお経なんてあげない家に育ったのに、ひとりで「般若心経」を唱えていた私・・・・・・。なんなんだろう?別に仏教系の学校にも行っていないし。

それにしても、中学生ぐらいの子どもが読もうと思うのだから「般若心経」にはやはりそれなりの魅力があるにちがいない。

内容は、さっぱり(笑)

でも「音」がとても美しく、特に最初の

「摩訶般若波羅蜜多心経」

というところと、最後の

「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」

というマントラ(真言)の部分が心地よくて、真ん中をとばして最初と最後だけ唱えたりしていた(だめじゃん(笑))

20年ぶりぐらいにネットで般若心経を検索して読んでみたけれど、やっぱり最初と最後はスラスラ。。。あとはつっかえながらしか読めなかった(苦笑)

でも昔では難しかった般若心経の内容も、今ならわかるかもしれない。

般若心経絵本

般若心経絵本

本屋さんでぱらぱらっと見てから、ちょっと気になっています。

買っちゃおうかな。




posted by tomoko at 23:47| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月07日

宇宙に行きたい

双子のひとりは「あれやりたい」「これやりたい」と気が多い。

「バレエ習いたい〜」
「ヤマハに行きたい〜」
「英語の勉強したい〜」
「ヴァイオリン弾いてみたい〜」

オリンピックを見れば「スケートでくるくる回りたい〜」

サーカスを見せれば「空中ブランコやってみたい〜」

ついにこの前は「宇宙に行きたい!」と言い出した(笑)

だから私は教えた。

「いっぱい運動が出来るようになって、いっぱい勉強したらきっと行かれるよ(^^)」

ところが次の日になって、急に弱気になる娘・・・。

「おかーさぁん。宇宙に行くときに一人でロケットに乗るの怖いよー。おかーさんも一緒に来てよ」

・・・保護者同伴の宇宙飛行士かい?(^^;;

と思ったけれど宇宙も行ってみたいし、
「そーお?じゃあ、お母さんも一緒に宇宙に行こうかなぁ〜?」
なんて答えた。


すると私たちの会話を聞いていた双子のもうひとり、甘えん坊の娘が急に泣き出した。

「お母さんが宇宙に行っちゃったら、寂しいよぉ〜。ひとりでお留守番するの、嫌だよぉ〜。うぁ〜〜〜ん(大泣き)」


・・・えーと、えーと・・・(^^;;


おかーさん、おかーさんとまとわりついてくるのもあと1年ぐらいかなぁ。。。と思いながら、なんだか笑ってしまいました。
posted by tomoko at 20:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 双子ばなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月05日

紙って・・・文字って・・・

春休みもそろそろ終わり。小学生の娘も、今度は6年生。早いなぁ〜。

いらなくなった教科書の整理をしている娘を見て「この時期って、いったいどれだけの教科書や参考書やノートなんかがゴミになっちゃうんだろう?」なんて思った。もちろん本はリサイクルに出せばいいのだけど。

なんだか子ども時代のことを思い出した。小学校1年生が終えた春休みに、父の転勤でブラジルのサンパウロに引っ越した。サンパウロ日本人学校で2年生になった私は、そこで先輩の使った教科書を配布されて新鮮なショックを受けた。

いまどき、新品ではなくて「お下がり」の教科書使っている日本人なんていないよね(笑)

でもまた次の年に誰かが使うのだと思って、丁寧にその教科書を使った。
(が、次の年からは新品の教科書が日本から届いた(^^;;)

最近思う。

読み書きが出来ることが文明の成熟度のように言われるけれど、本当にそうなのかなぁ〜?

身の回りは紙だらけ。原料の「木」は大丈夫?

むか〜しの遺跡を発掘して「絵」や「模様」を発見したとき、今の時代の人間は「文字の原形だ」と考える。

でもそれ、逆だったりして。

文字をつくし、言葉をつくさなければ伝わらない、今の人間の方が、もしかしたら退化している可能性は無いのかな(笑)

今の人間にはただのマークにしか見えない昔掘られた物に、実はこのパソコンいっぱいの情報が彫り込まれている可能性はないのかな〜?

これを書いている私も、こうやって文字にしないとすっきりと頭の中がまとまらない。

文字に助けてもらわないと頭の整理も出来ないなんて、これってやっぱり退化しているのかも。

こんなに大量の紙を使わなくても、こんなにたくさんの文字をつくさなくても、ポン!と図形ひとつで膨大な情報量が相手に伝わるようなコミュニケーション方法を誰か考え出してくれないでしょうか?(と、あくまで他力本願なわたし・・・頭使いなさいって(^^;;)
posted by tomoko at 10:38| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月01日

子育てとインナーチャイルド

誰もが心の中に「子ども時代の自分」を持っているのだという。

よくドラマなどで、主人公の目の前に子役の時の自分が現れて何か話しかけたりする場面があるが、それそれ。「インナーチャイルド」と言われている。

普段は忘れていることでも、子ども時代に受けた強烈な印象やふとした誰かの言葉が、大人になった自分の行動や思考を制限していることもあるのだそうだ。要するに「トラウマ」ってものでしょうか。

心理療法などの世界では、インナーチャイルドと向き合うことで大人になってからの問題を解決していく手法があるようだが、わざわざそういったことをしなくても、自然と「子ども時代の自分」と向き合う経験をしたことが、私は何度もある。

それは「子育て」

長女を産んで育てていく中で、特に私は強烈にそれを体験した。

赤ちゃんの世話をしながら、なぜか、自分が子どもの頃のことばかり思い出す。それまで忘れていた細かいことや、普段は気にもとめない昔の記憶がどんどん溢れ出てくる。

どちらかというと、ちょっぴり悲しい思い出を思い出すのだが、それを思い出している大人の自分は、子どもだった自分をとりまく親の立場や考え方、まわりの環境などを総合的に眺めては、しょんぼりしている子どもの自分の心を和らげることができる。

そうして長女の世話をしながら何度、子どもの自分と向き合い、当時の自分を抱きしめ、頑なな子ども時代の自分が大人である今の自分のなかに吸収され統合されていく感覚を味わったことだろう。

親となった自分が親の視点で、子ども時代の自分と向き合う。ひとつ違う視点から自分を見ることが出来る。

「子どもを育てる」という、何千年、何万年、何十万年???も続いてきた自然の営みは、実は何という「贈り物」なのだろう。

赤ちゃんとして産まれて一通りの成長の過程を経て大人になり、そして子どもを持ったとき、人は「生まれ変わる」「再生する」機会を与えられる。

生きていくことは私の中で、スパイラルのような感覚がある。ネジのようにぐるぐる回って、すぽん!と抜けた時に生命が終わる。

子育てをすることで自分と向き合えるというこのチャンスは、子ども時代からぐる〜っと続いてきた大きなスパイラルが、次の一巻きに入った感覚がある。

子どもも二人目、三人目ともなると、だいぶこの感激も薄れるのだけれど(笑)それだけインナーチャイルドにとらわれない自分に変わったということなのかな?

やはり最初の子は特別なのかも。


posted by tomoko at 18:11| Comment(3) | TrackBack(0) | 子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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